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人間は自分で自分を洗脳する生き物



洗脳について。
私は人間の価値観を形作っているものは、畢竟、「洗脳」であると思っています。
洗脳というといかにも怪しい言葉のように響きますが、言葉を替えて言えば私たちの判断の根幹を成しているところの価値観というのは文化や教育による刷り込みによって意図的・非意図的に形作られているものだと思います。

私は絵を描くのが好きですが、この好きという観念自体後付けで作られた可能性もあるのです。

幼いころ、私はよく絵を描いていました。
絵が好きな子といわれていました。
ただし、その当時の“絵が好き”は単にクレヨンでなぐり描きする程度のもので、それが今日に到る絵が好きな大人となるまで非常に長い年月が経過しているわけであり、なんらかの過程で“私は絵が好きな人間”という刷り込みがなされた可能性があるのです。

私が絵を描いていました。
幼少の頃でしょう。
すると親がやってきて、こう言うのです。
「ああ、お前は絵が上手いなあ。将来は絵描きさんかな?」
よくあるセリフですが、これが大きいのです。
子供は褒められれば嬉しくてまたやりますから、褒められようとしてまた絵を描きます。
そして、褒められます。

こうして、私は周囲の他の子供たちよりもたくさん絵を描くことになるのです。

結果、私は子供の頃より絵が上手かったのです。
周囲からは「絵が上手い」といわれ、「将来は漫画家になる」と自分でも言っていました。

もともと、絵を描くのは好きだったのかもしれません。
しかし、それとて3歳か4歳のときに気づかれずに放って置かれれば、その興味も消失し、他のものを好きになっていたかもしれません。

「私は絵が好き」という自己観念も、本当に絵が好きだったのではなくて、周囲の反応に対する自己の反応の結果の積み重ねとして形成された可能性が高いのです。

褒められる→嬉しい→描く→上達する→褒められる
というポジティブな連鎖によって自分の中に長期間に渡って、絵が好きであるという自己観念を養ってきたのです。

私は人間は自分で自分を洗脳する生き物なのかなと思いました。
「私は○○な人間だから」
とよく言います。
本当にそういう人間でなかったとしても、自己意識の指向性というか、方向性がそっちの方に向いていると、人間は自然と“そういう人間”であるかのように振舞うようになります。
そして、いずれ“そういう人間”になります。

これは職業アイデンティティにも当てはまります。
「私は警官だから。」「私は政治家だから。」「私は女性だから。」「私は長男だから。」

人間は自意識が発生したときに、自己洗脳を始めるのだと思います。
「私は○○だから。」
と自分で自分のことをそう定義したときに、人間はその定義に当てはまるように動きます。
私は○○が好きだから。というのもそうです。

これについてはまた日記で書きます。

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今日が何事もなく終わってくれれば週末だ。
今週末はそれこそC言語とJavaの検定試験があるので、日曜日に至ってはほとんど試験会場に拘束されてしまうのだが、好きでやっている勉強なのでそれほど苦痛というわけではない。
とにかく、今日が何も無く終わって欲しい。
トラブル、苦情、ダウングレード・・・、そういった物は今日は欲しくありません。

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週末のラングエッジ・エクスチェンジはやるのかどうか不明。
流暢さをもっとUPしたいと思っています。

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WWW:Mechanizeなんですが、私の使っているさくらサーバーのライトプランでは使用不可であることが分かりました。非常に残念です。
LWP::UserAgentで同じような動きが出来るようにできないか調べています。
これが出来ないと、いつまでたっても自動GOOGLE学習する人工無脳ができないのです。
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