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英語教育はどうあるべきか


『スピードラーニング英語ジュニア』




「教育新聞」を読んでいて、時々、「うん?」「あれ?」と思うような論考を目にすることがある。
それだけ自分に批判意識があるからなのだと思うが。

英語教育(外国語活動)について、「英語だけで行われる英語活動に警鐘」などという一文を目にしたことがある。
そこに書いてあった内容を要約すると、

「英語だけで行われる英語活動は、児童にとって難解すぎ、理解のできない児童にとってはハードルが高く、一種の飽きを招くもとになる、だから、英語活動はもっと日本語で行われて良いはずだ。」

という意見だった。
私はこの論考を読んで「うん?」「あれ?」と思ったのである。
おそらくこの文章を書いた人は、人間が新しい語学を習得するプロセスを正しく理解していないのだろう。
それは、「日本語で教えれば易しいから児童がついてくる。」という発想から垣間見える。


昨日も、他の職員と活動内容について話していたが、
「子供たちはまだ、This is a ooo.までしか習ってないんで、He has a ooo.という質問はしないで欲しい。」
と言うのである。

私は習ってないから理解できないとか、習ったから使えるとかいう、学習即習得説は語学学習にはそぐわないのではないかと思っている。
つまり、習っていなくても直観的に言われていることが分かる、そういう状態になるように導くのが語学教育だと思っている。

習っていない言葉でもどんどん話して聞かせること。
これが最も重要なことだと思う。
これは算数、数学の学習とは反対の考え方だ。
算数や数学では習ってないことは答えられない。

しかし、英語は習っていなくても、推論や文脈理解、長く英語に触れていることによって習得される、言語の中にある法則性の獲得による直観的な理解によって、本来習っていないことでも理解できるようになるのだ。

考えてみればよい、外国人の子供に、
「This ole man, he plays one, he plays nick nack on the thumb with the nick nack paddy wack a gives a dog a bone, this ole man comes rolling home.」
を歌ってみる。
有名な歌で、欧米の子供だったら誰でも知っている歌だ。
しかし、この歌の中に含まれている単語や言い回しは3、4歳児はまだ学習していないはずである。
nick nack, paddy, wack, rolling home・・・など意味を聞かれてもおそらく分からないかもしれない、なぜなら、その意味を習っていないからである。
しかし、彼らはその歌の意味するところ、物語性を直観的に理解する。
それは彼らが日常英語に長時間触れているために、英語に対する直観力が養われているのだ。

我々も、英語活動を行う際は、習った、習ってない、もしくは、知っている、知らないに関わらず、どんどん子供に言葉のインプットを与えていかなければいけない。
だから、知らない言葉が含まれていたとしても、(もちろん、分かりやすい言い回しで、ゆっくり、丁寧に)物語などを読み聞かせていかなければいけない。
しかし、習得、未習得ということにとらわれて物語を読むことをためらってはいけない。

我々が子供だったころを思い出してもらえれば分かるだろう。
夜寝る前に、母親に物語を読んでもらった。
しかし、その物語の中には3、4歳の子供には分からないボキャブラリーがたくさん含まれていたことは確かである。
しかし、同じ物語を毎晩のように読んで欲しいと頼んで聞かせてもらっていたはずである。
そのような経験から、「分からない未知の言葉でも、周囲の言葉との関連や、言葉の響き、既知の言葉との類推などから直観的に理解する」能力を養うのである。

この子たちはまだ、I have a ooo.を習ってないから、習ってから話す、のではなく、子供が最初理解できなくてもどんどん使っていく。
そうしていくうちに、子供が言葉が使われる条件を自然に発見学習していくのだ。
「ああ、こういうときは I have a oooで、こういうときは、I am a ooo.なんだ。」と。

私は数多くの外国人(大人、子供含め)と会ってきて、実際にそういう人たちの中には、私が教えた者も数多く含まれている。
中国人、韓国人、フィリピン人、アメリカ人、カナダ人、シンガポール人、メキシコ人、ベトナム人・・・・・・・・・。特に、全く話せない状態で他国に来た者にとって、最初の3ヵ月は地獄だろう。
まったく理解できないのだから。
しかし、次第に理解できるようになり、子供の場合、半年(大人で1年~2年)もその国で現地人に交わって暮らしたら自然とその国の言葉が分かるようになる。もちろん、最初の“地獄”を勉強と経験によって乗り越えた者だけがその恩恵を受けられるのだ。子供でも大人でも、外国に行って、その国で自分と同じ言葉を話す人とだけ付き合ってたらその恩恵は受けられない。

「地獄の3ヵ月を乗り越えた者は6ヵ月目には話せるようになっている。」

これが私の持論だ。
持論というより、私が目にしてきた事実がそうなのだ。

そこで、最初の「教育新聞」に掲載されていた論考を批判したいのだが、「英語だけで行われる英語活動は難解で児童が退屈する」のは本当なのだろうか?

私は日本語の全く喋れない外国人のALTの先生が英語の授業をやってるのを見て、子供たちは本当に楽しんでいると思う。

「英語活動に日本語を適時導入した方が良い」というのは、私はどちらかというと、子供側の都合ではなく、指導者の力量の都合であると思う。
要するに、英語だけだと45分が持たないのだ。
喋り続けられないのだ。
子供の方は準備万端、早く英語の活動をしたい、たくさん英語を聞きたい、できれば話してみたい、のに、肝心の指導者の方が英語の準備不足で、むしろ「指導者の為に、英語活動に日本語を適時導入したい」のではないだろうか。

今の指導者は英語活動を45分英語だけで持たせる力量があるとは思えない。
力量不足、研修不足、教員養成課程の整備不足が挙げられるだろう。
日本は英語活動の黎明期なので、仕方がないが、10年後、20年後もこれだったら困る。

私は一つには、外資系企業や民間の語学学校に就職してしまうような英語に堪能な者で、教員の資格を持っている者を、英語教育の推進担当者として、給与にプラスアルファの手当を付けて外部からどんどん呼び込むべきだと思っている。
なぜなら、英語が堪能な者は、他に給与の良い仕事が見つかるので小学校などで働きたいと思わないのだ。(なぜなら、給与が外資系企業などに比べて低いから。)

英語が好きであり、会話力があり、どのように指導したら楽しく、効果的に身につくかを理解している英語のプロをできるだけ多く確保し、研修体制を整えることが急務だと思う。

『スピードラーニング英語ジュニア』





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